はじまり – 40歳から考えるチャリティ論をはじめようの巻き

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美しいシステムが好きだ。美しい仕組み、美しい存在が好きだ。

飽きっぽい性格で、20代などはあまり一貫性のない仕事選び、キャリア選択をしていた自分が、10年以上もシステムエンジニアというキャリアを積んでこれたのは、この性質に由来しているのだろうと思っています。
おそらくこの基本的な性質から来ているのでしょう。「世界という仕組みが美しくなっていくこと」には大層心惹かれます。

物事の仕組みが効率的で、円滑で、機能的であることに心惹かれます。

自分が夢中になれることを「考える行為」は全く無意味だ

数年前から、もっと楽しく生きるということをテーマに沿って、あれこれ右往左往していて、昨年はスタートアップを少しばかり目指しました。
そのことにより、何度も自分が夢中になれることとは何かということを考えました。

一つ勉強になったのは、自分が夢中になれることを「考える行為」ですが、全く無意味な時間でしかないということでした。自分が夢中になれることというのは出会ってしまえば、考える必要も無く心惹かれるのだと思います。
逆に「出会う」という経験が無ければ、どれだけ「考える行為」をしたところで何も進まないようです。
それはまるで男女の恋愛に似ているのかもしれません。

考えて人を好きになる。一般的に、そのようなことは起きないでしょう。出会った瞬間の何かが自身の琴線に触れたか、もしくはなにかしらをきっかけに、恋愛のスイッチが入るのでしょう。
少なくとも思索して、分析して誰かに恋するなどということではなく、つまり、それは情緒的な出来事なのだと思います。

自分が夢中になること(これは目標に対する恋と言えます)も男女の恋愛と同じように、出会えばわかるのだろうと思いました。
出会ってしまったら勝手に自分のスイッチが入ってしまうのです。
そして想いが次第に募り、行動せずには居られない自分に気がついてしまう。

だから人は「夢中になれる目標に出会う為に、動きまわればば良い」のだと近頃は思います。

先日、書道家として立つ事を目指している若い方から色々とお話を聞く機会があったのですが、まだ強烈な出会い、強烈な経験が足りないのかもしれないと感じたりもしました。
ドラマが足りないんだと感じました。
逆に、自分が夢中になれることを見つけた方には、大抵ドラマがある気がします。

チャリティだとか慈善事業だとか、どこか胡散臭い – 俺的インサイト

チャリティだとか慈善事業だとか、その言葉だけを聞くと、正直、胡散臭さを感じてしまう人間です。慈善事業に懐疑的ですし、なんか、気持ち悪い。
なにそれ、なんの役に立ってるの?誰の役に立っているの?単なるあなたの自己満足じゃないの?とか。

もちろん真摯に活動され、社会に貢献されている方はたくさんいらっしゃるだろうことは理解していますし、そうした方々に対して大変失礼な言い草ではありますが、それでも「チャリティ」であったり「慈善」というキーワードにアレルギーを感じてしまう自分が居る事を否めません。

40歳を超えて、世のチャリティや慈善事業に疎い自分が居ます。興味が持てない、参加しない自分が居ます。
これはどういうことでしょう?
もしかしたら環境なのかもしれません。
僕の親しい友人の中で、慈善事業に夢中で取り組んでいる方はほとんど居ません。
世間的にどうかはわかりませんが、少なくとも僕が生きている狭い世界の中で、「チャリティ」「慈善事業」はマイノリティのようです。

「真摯に活動され、社会に貢献されている方はたくさんいらっしゃるだろう」というのは、僕にとって単なる出所不明の情報、もしくは推測であって、全く実感の無いことです。
少なくとも、1年前までは無縁な世界でした。

自分とは違う世界、もしくは遠い世界に居る誰かが、お金になるわけでもないのに、夢中になっている「慈善という行為とやら」に不審を感じてしまうのは仕方が無いと言ってみようと思います。
なぜなら、この20年間、僕の生活のほとんどは経済活動(つまり給与所得者として働くこと)に費やされ、常に結果(利益)を出す事を求められ、そして自らも求めて生きて来ました。

一週間7日のうち5日間を「お金を稼ぐ為に生きていた人間」が、一週間7日のうち5日間を「金銭以外の何かのために生きているヒト」を理解するというのは、なかなか距離のあるテーマに思えます。

そんな僕が、今、チャリティとは何か?慈善事業とは何か?を考えるということを始め、そしてこの行為をとても気に入っています。

この数ヶ月で、「社会貢献」「チャリティ」といったキーワードに関連したこんなエントリーをしました。

価値とは何か?価値を生むとは何か?高価とは何か? あなたは、僕は、価値を生めるか?

昨年、Webサービスを用いたスタートアップに注力した結果、いろいろなアイディアと出会ったのですが、どれもこれも「社会貢献」というキーワードと近いところにありました。

何故でしょう?
「チャリティ」「慈善事業」という言葉にはアレルギーを感じるのに、「社会貢献」「社会起業」というキーワードに対して、僕はある種の憧れを感じていました。

今、2014年4月に41歳として生きる僕にとって、価値とは「生まれて来たことを肯定できる時間」です

僕はこの価値を生みたい。生むサービスを創りたいと思います。
この価値を求めて行くと、とてもとても「チャリティ」「慈善事業」「社会貢献」「社会起業」というキーワードと近づいていきます。

昨年の9月頃からNPOやNGOで活動されている方と触れ合う機会があり、また、先月からはチャリティを哲学するワークショップに参加する事で、様々なインプットや気づきが有り、自身の目標の明確化やセルフカウンセリング、自身の価値基準の明確化などに役立つことがたくさんありました。

こうした、インプットや気づきを少しずつまとめ、エントリーとしてアウトプットするということをこれから始めたいと思います。
アウトプットにより、より明確に自分を捉え、自分が夢中になれることを捉え、「生まれて来たことを肯定できる時間」をたくさん得たいと思います。

着手してやりっぱなしの件がたくさんありますが、ジタバタとやんわりとコツコツ精進致します。

まとめ

  • 美しいものが好きという性質が、システムエンジニアに向いていた
  • 自分が夢中になれることを「考える行為」は無意味だ
  • 夢中になれる目標を見つけることは、恋愛と同じく情緒的経験であり、恋愛と同じく探しまわるしかない
  • 価値を生みたい
  • アウトプット、がんばっちゃうぞ!!
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