優秀なエンジニアの定義について考える – 其の壱 – リスクヘッジと言葉の軽さ

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先日、以下のようなエントリをしましたが、引き続き、ポエム的にイメージしたことをしばらく綴ってみようかと書き始めます。

「優秀なエンジニア」とは何か「優秀な人材」とは何か – 「組織論、組織開発、チームビルディング、リーダー論」x 「10年超のシステム開発経験」x「11の組織就業体験」で考える

「優秀なエンジニア」とは何か「優秀な人材」とは何か – 「組織論、組織開発、チームビルディング、リーダー論」x 「10年超のシステム開発経験」x「11の組織就業体験」で考える

初回のお題はリスクヘッジ、リスクコントロールについて、またそれを軽視している、非優秀なエンジニアについてです。

優秀なエンジニアの定義 – リスクヘッジの意識と経験値

2輪の世界トップ選手は、ブレーキングが上手いからなのだということを、先日、ある場で例えとして話しました。
当たり前ですが、速く周回しようと、アクセルを吹かして、限界を越えたスピードでコーナーに突っ込んで、曲がりきれずに転倒したら、その選手は勝てません。
優勝など程遠いでしょう。

チームがお金と手間と情熱を注いだマシン、自らも準備したメンタルとフィジカル、それらが一瞬にして単なる浪費と化してしまうかもしれない事象が転倒です。

悪くすれば自身の命を落とすこともありますし、怪我の後遺症に悩むかもしれません。

ただアクセルを開けるだけ、ただ気合でコーナーに突っ込むだけ、そんな選手が一流になれるわけがありません。
レースコースだとしても、ブレーキングを疎かにして、周囲への影響を省みないライダーは、稚拙、幼稚な存在です。

こうした、推進力を適切に抑制してバイクの挙動を安定させ、最高のパフォーマンスを得るということの本質は、システム開発、システム運用の場面でも同様に重要なことであり、これを理解し、適切にシステムの安定稼動を目指すことが行えないようであれば、優秀なエンジニアと呼んではならないだろうと思います。

彼ら非優秀なエンジニアは往々にして、トラブルによる被害の恐さを知らず、単なる無知で、チームのコストを増大させ、疲弊させます。

品質と安全、リスクに関する意識のレベルと優秀さ

システム開発、システム運用において、安全、安定したシステム稼動を目指すことは当然と私は考えるのですが、人にはそれぞれ、生来の性質があり、誰もが最初から、品質や安全に大して重きをおくわけではありません。

例えば、優秀なエンジニアの定義について考察したエントリーで紹介した4Dシステムの分類を用いれば、私は緑のタイプなので、生来、性質的に品質を重視する傾向にあると言えます。
別な表現で言えば、安定して調和の取れた状態を望むという基本的な性向があるので、注目を浴びた最新の技術を積極的に採用するよりも、枯れた技術でリスクを最小化することを望みがちだと表現してもいいかもしれません。

一方で、一般的な技術者のイメージに近いであろう、青のタイプの人物像は、革新的なものを求める傾向があり、保守的な考え方を好まない傾向があるように思われます。
この傾向により、経験に乏しい若い技術者や、自らの手で大きなトラブルを生じさせたことが無い技術者は、技術的革新を求めることばかりに意識が向き、総じてブレーキが甘い、つまりはリスクヘッジ、リスクコントロールに対して意識が低かったり、その言動が稚拙であったりする場合があるように思われます。

知識や論理をひけらかして、出来る人、優秀なエンジニアを装おう困った若い技術者たち

この青のタイプで非常に面倒であり、また、しばしば、この人物は優秀なのではないかと誤解を招くのが、表層的な論理と知識を用いて物事を進める技術者です。
彼らは総じて、論理的に正しい主張を行いますし、勉強家でもあり、知識が豊富で、説得力のある説明を行います。しかし、実際には圧倒的な経験不足であり、実践を伴わない空虚な机上の論理であり、単なる頭でっかちでしかないことがあります。

彼らには、『実践なき理論は空虚であり、理論なき実践は無謀である』というドラッカー先生の言葉を贈りたいのですが、困ったことに、論理的な正しさ(仮にそれが単なる思い込みで不充分なものでも)に立脚することを自身のアイデンティティとしていたり、自身が聡明であり優秀であることを望む彼らは、容易には自らの経験不足や、そこからもたらされる考慮不足、思慮の浅さを認めようとはしません。
むしろ、自信満々にその不完全で穴だらけの稚拙なアイディアを得々と語るのです。
そして彼らの態度が故に、事情のわからぬ者は彼らの主張を受け入れるのです。

酷いことに、彼らの多くは議論に負けることをよしとしないため、延々と身のない議論を繰り返してチームを疲弊させてしまいます。

優秀なエンジニアと見せかけだけのエンジニアを見分ける方法

これは本当にいろいろな場所で当たり前のように起きている事象です。
先に用いたライダーの比喩を再び借りるなら、彼ら優秀なエンジニアを装おう輩は、知識だけが一人前の素人ライダーのようなものです。
大したレースも経験していない、もしくはサンデーレースのようなアマチュアのレースしか参加したことがないくせに、滔々と、いかにしたら速く走れるのか、自分がいかに優秀かを尤もらしく語るのです。

彼ら幼稚なエンジニアを見分けるには、その言動に着目してください。
大きな特徴として、語り口が断定的であり、何事もなし得ることが容易であるかのように話します。
要は、言葉が軽いのです。自身の言葉が持つ責任を考えていないのです。

優秀な人物は充分に準備を行った上でチャレンジし、最大のパフォーマンスを得る、そして妥協を許さない

私が以前にWebディレクターだった際、実は有名ブレーキメーカーに取材したことがあり、その当時の印象も重なって、優秀であり、一流の人物とは適切にリスクヘッジするという考えを持っているのかもしれません。

天才とも努力の人とも呼ばれた、MotoGP王者ヴァレンティ―ノ・ロッシというライダーが居ます。
彼には様々な逸話がありますが、ブレーキングに関しては、コーナーリング中に内側の足をステップから外して投げ出すというテクニックを生み出したというストーリーがあります。

この「足出し」が本当に効果があるのかは諸説あるのですが、いずれにせよ、誰も試さなかったようなことにもチャレンジし、ほんのわずかでもタイムを縮めるめに飽くなき挑戦を続けたロッシはブレーキングの天才とも呼ばれます。

何故なら、レースコースは単純な直線ではないからです。
ただアクセルを全開にすれば速く走れるわけではないからです。むしろ、様々なシーン、複雑な道筋に対して、極限まで最適化を行い、かつ、トラブルに見舞われても、走り続けるのが一流のライダーです。

優秀なエンジニアもまた同じです。
常に現状に満足せず、努力を続け、新たな改善を模索するのです。
ですから、常に可能性を見つめている優秀なエンジニアは、何かを安易に断定したり、結論づけるようなこともな逸話がのです。

優秀なエンジニアはシステム運用や開発が山あり谷ありだということを知っている

優秀なエンジニアはシステム運用や開発が山あり谷ありだということを知っています。何故なら、優秀なエンジニアであることの条件に、様々な状況に対して適切な対応が取れるということが、一つ重要な要素と考えるためです。

保守的なエンジニアに関する補足

革新的なことを好むエンジニアに対し、保守的なエンジニアは、その保守性から、様々な状況に対して準備を行いやすいのですが、挑戦が不足する傾向にはあるでしょう。
技術の進歩は速く、常に新しいものを修得する必要があり、保守性に偏るとシステムの最適化を損なう恐れがあるでしょう。

優秀なエンジニアの定義について、その要素のまとめ

自身を的確に認識し、得意を伸ばし、不得意を克服し、バランスを保ちながら推進力を失わない人物であることが一つ。
常に全体を俯瞰し、いついかなる状況でも最適な解を用意すべく、挑戦し続ける人物でしょう。

優秀なエンジニアの定義を考えるシリーズ、其の壱、終了。

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